冬の逢瀬の 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


      3



 日頃の毎日、それはもうもうお忙しい警視庁捜査一課にお勤めの。辣腕で知られた警部補殿。そのキャリアの長さのみならず、数多くの難事件へも携わり、根気よく解決へと導いたことからも、警視庁には欠くべからざるお人と謳われておりながら。但し、そうして関わった特殊な事案の多くは、口外厳禁という極秘の代物でもあったがために、よほどに上層部の人間でなければ、真の実績を知らないまんまになってもおいでで。そこのところは、前世にあたろう“昔”と同んなじ。真のお力を知りもしない者から、もしやして軽んじられることでもあれば、歯痒いような口惜しいような、そんな気持ちになるのだろうな。今世ではあいにくと、年の差も大きければ、日を過ごす環境も 大きく異なる二人じゃあるが、

  そうよ、先々の将来ではっ

 かつてそうだったように、その御身のお傍に置いていただいて。勘兵衛様が瑣末なことに煩わされることのないように、この七郎次が粉骨砕身、それは頑張ってお尽くしする所存…などなどと。胸元へ両の手組んでの、真摯にお祈りするほどに、ただただ一心に、こちらの壮年殿へと傾倒してのまっしぐらな、草野さんチのお嬢様であるのだけれど。

 「珍しいところでお逢いしますわね。」

 イブの晩という、これ以上はない日にデートが叶って、何の問題もないままに待ち合わせの場で合流し。愛らしいおめかしを決めた美少女へ、はたまた、頼もしいエスコートをしてくださる“大人”の壮年殿へ、お互いに互いへと惚れ直しつつの、ほうと甘い吐息をついていたのも束の間のこと。晩餐をとの予定をしていた、この辺りで特級クラスの品格を誇ろうタワーホテルに着いたその途端、勘兵衛へと親しげに声をかけて来たお人がおいで。椿の花をモチーフにした友禅を品よく着こなし、甘い栗色に染めたつややかなお髪
(おぐし)を、やさしい形に小粋に結い上げた、年の頃は…数値でずばりと言ってしまうと失礼かもだが、勘兵衛よりは間違いなく年上の、上司の奥方だろうお年頃。社交的なご気性の方なのか、闊達な口調・物腰でもあり。自分よりも上背もあれば、押し出しもなかなかに鷹揚な、それなりに重厚な男である勘兵衛へも。気さくであると同時、気を逸らさせぬような個性の強さも持ち合わせておいでのようで。こちらも単なる通りすがりではないのだし、所用を優先し、型通りの挨拶だけして適当に切り上げてしまうことも、彼にかかればそうそう難しいことではなかろうに。なかなか辞去の挨拶に運べないまま、そのご夫人と向かい合っておいでの様子。お仕事がらみのご縁があるお人らしいなと、そこは七郎次もすぐさま察し、大人同士のご挨拶に割り込むような不調法は控えていたものの、

 「そうそう、島田さん? この方、ご紹介したことがあったわよねぇ。」
 「はあ…。」

 自分のお連れを会話の中へと引っ張り出しての、そこへと続けた一言が、

 「あなたもいつまでも独り身というのはどうなんですの?
  よかったらこちらの○○さんとのご交際、
  考えて見る気はありませんか?」

 「……………はい?」

 そのような“爆弾発言”だったものだから。


  “………………え?”


 これが別なお人へ降りかかってた文言であったなら。もしかしたらば社交辞令かも知れぬ、本気にとらなくともいいことと、ちゃんと割り切りが出来たはず。それでなくとも こんな明けっ広げな場で、野菜のお裾分けでもあるまいに、それなりに落ち着いた年頃の男女の、その交際のとば口を“一つどうかね?”と勧めるなんて、本気の正式な申し出であるはずがないじゃないかと。ユーモアの一種だと軽く解釈し、くすすと微笑するほどの余裕で納得も出来ただろうが。

 「………………ぁ。」

 どうです?と勧めたお人が、勘兵衛の上司の奥方らしいのと。その対象として引き出されたご婦人がまた、風貌もお行儀も態度も、どこにも申し分は無さそうな、そりゃあよく出来た女性らしいとあって。不意に周囲のざわめきが際立って聞こえだし、彼らの傍らから自分だけ、子供のくせにとの境界設けられての、一気に遠ざけられたような不安が沸いた。

  だって、わたしは

 まだ高校生の小娘で、勘兵衛様との交際だって、実質はほんの1年ちょっと。実際に逢ってた時間をと訊かれたならば、半年もないほどしか積んでなくって。そんな立場で何が言えよう。どれほどか勘兵衛のことを“知っている”と言ったとて、どれほどか強い絆を結んでたと言ったとて。少年兵としての赴任以降、20年近くもお傍にいたのはあくまでも前世での話。前世でどれほど…なんていう、あやふやで幻想的なもの、現実の今世へは通用しないと判っているだけに、持ち出せる筈もなくって。

 “……勘兵衛様。”

 まだコート姿でいたためか、人いきれのむせ返りに頬が熱くなる一方で、足元から嘘寒い何かがじわじわと這い上る。どんな場面へも気丈でいられた、誰に似たやらお転婆よの じゃじゃ馬よのと、何かにつけ父母を苦笑させて来た、いざという時ほど気の強い娘だったはずなのにね。傷心という気持ちの浮き沈みだけで、こうまで血の気が引いたのは初めてではなかろうか。すぐ傍においでなのに、さっきまで掻い込んでいてくれた腕が遠い。なす術がない、どうしよう・どうしようと、自分の手さえ上げられぬほどとなりかけたところへ、


  「……シチ? いかがした?」


 頭上から聞こえた声があり。え?とお顔を上げれば、勘兵衛がその身ごとこちらを振り返っている。人前であるにも関わらず その手を延べると、今宵は前髪を上げていた額へとすべり込ませての、熱でも出たかと触れてくれて。

 「人に酔うたか? ああ、待たせてしもうたな。」

 可憐な連れがあること、紹介しようとして振り返った彼だったのか。だったらしゃんとしないと、勘兵衛様に恥をかかせてしまう。そんな想いがするする浮かび、萎えかけていた意識が持ち直したその矢先、

 「…奥様、ホールへ参りましょう。」

 お相手のお連れの女性が、そのようなお声を差し挟んで来、

 「▽▽先生へのご挨拶を、まだ済ませておりません。」
 「あらあら、そうでしたわね。」

 そちらこそ先約の予定なのだろう。招待されている会でもあるのか、そんなお言いようになった彼女らであり。

 「島田さんにもお連れがあったようですし。」

 人にあがるだなんて可愛らしいことというところか、微笑ましいとの会釈を七郎次へも向けて来られた奥様へ、だが、

 「さよう。今宵のみの供ではありませんので。」

 なので 大事にしていたわりたいということか、それとも、なので今後ともよしなにということか。微妙なニュアンスをまといつかせた暈
(ぼか)しようで留めての、そのまま“では”と、少女を連れてクロークの方へ歩み去る偉丈夫だったので。

 「……あらまあ、先手を打たれてしまったわ、○○さん。」
 「そのようですわねvv」

 さも残念と見送った夫人なのへ、こちらさんはくすくすと微笑ったところをみると。お連れさんにも もはや常套句もののジョークであったらしいそれ、こちらとお付き合いしてみない?との一言だったが。ただ…この時ばかりは、ちょっぴり“惜しいなぁ”と、思わないでもなかったらしい○○嬢だったそうでして。

 「ずんとお若いお嬢さんだったようだけれど。」
 「そうですわね。
  でも、どんなに恩あるお人の頼みであれ、
  単なる子守りをなさる御方でもないのでしょう?」

  そうよね、そんな柄じゃあないもの。
  でもなかなかに惜しい人材だったのにねぇ。
  …そうそう、そういえば同じ課に、
  もちょっと若い人で、
  やっぱり独身の殿方がおいでだったような気が……。





       ◇◇



 まさかに許婚者という約束はまだ交わしてはいないし、口約束であれステディな間柄を誓った情人だと紹介するにしても、まだ高校生の17歳では到底若すぎる。

 『せめて大学を卒業してからだろう。』
 『…でしょうねぇ。』

  となると、あと5年ちょいですか。
  ま、勘兵衛様はお気の長いお人だし、
  おシチ坊の方も、心変わりなんてあり得ないと思いますが…。

 気を持たせて言葉を切った征樹だったのへ、何だ何が言いたいかと、視線で先を促したところが、

 『いえね、周囲へ罪作りなことをし倒さぬようにと。』
 『????』

 ほら言っても無駄だったと。やれやれと苦笑をした、元・双璧の片割れは、他人を徒らに惚れさせて、振り回さぬようにと言いたかったのらしくって。

 「…落ち着けそうか?」
 「はい…。」

 眺望が自慢という最上階のラウンジにての、フランス料理を予約していたのみならず。一休みするための部屋まで、リザーブしていた勘兵衛だったようで。

 『なに、今時の若いののように、
  さあ次だ次と河岸を変えてのてきぱき行動するのがキツいのでな。』

 ましてや今宵はイブの晩。どこもかしこも人が一杯だろうから、ゆっくりと話をしたけりゃこうするのが確実と構えたことを、

 「年寄りの発想なのだろうがな。」

 こちらをいたわる格好になってのこと、傍らのひじ掛けいすへ、ちょっと前かがみになっての腰掛けて。両のお膝に肘を軽く引っかけたままというざっかけない姿勢にて、くつくつ笑ってしまわれるのへ。ゴブラン織りの生地を張った、猫脚も優美な長椅子に横たえられていた七郎次。そんなことはありますまいと、ゆるゆるとかぶりを振って身を起こし、

 「私も、あのあの。
  ヘイさんたちと遊ぶときはともかく、
  勘兵衛様とは落ち着いて過ごしたいですし…。////////」

 ミニスカートから繰り出される、伸びやかな御々脚も健やかに。よくも転ばぬと感心するほど、細くて高いヒールの靴で、あちこち忙しくも駆け回っては。変なポスターがあっただの、可愛らしいスカートを見つけただの、他愛ないことへキャッキャと軽やかにはしゃぐ。日頃はそんな彼女らなのだろと、あっさりとその図が浮かんだ勘兵衛だったが、

 「あの、これを…。」

 クロークにコートは預けても、ワンピースに合わせたバッグとそれから、かっちりとしたデザインの紙袋とだけは、そのまま持って来ていた彼女であり。どこぞかのブランドの小物でも買ったおりのそれなのだろう、見覚えのあるロゴが印象的な、とはいえ大きさも形も至ってシンプルなデザインの袋を引き寄せての、七郎次が中から取り出したのは、こちらは持ち手のない紙袋が一つ。それを“どうぞ”と両手もちで差し出すので。ああとこちらも両手で引き受ければ、開けて下さいという視線が飛んでくる。それへと従い、折ってあっただけの口を起こせば。

 「……お。」

 セロファンの小袋に入ったシンプルなクッキーとそれから、細いリボンをかけられた小箱が入っており。布張りの箱の中身は、シックなデザインのネクタイピンで。

 「勘兵衛様って、夏場でもネクタイをなさっておいでだから。」

 クールビズなんてどこの国のお話かと言わんばかり、先のあの途轍もない酷暑の中でも、きっちりと首に巻いておいでだったから。だったらと選んだらしき、銀のストレートなタイプのそれには、中央に小さなアクセントがあり。よくよく見れば六花を少ぉし崩したような、クラシックなモチーフで。

 「すまぬな。」

 殿方の小物なぞ、選ぶのも不慣れであったろに。いや待てよ、父御のそれとしてなら難しくもなかったかな?と。相変わらずに一言多いお人なのへと、むうと眉根を寄せかかった白百合さんだったが、

 「儂からも、大したものではないのだが。」

 頂いた包みを卓へと避けてから、自身の懐ろをくつろげると、するりと取り出したのが、そちらもスリムな小箱らしき包み。ほれと片手で渡されて、まあこの小ささで両手でというのは仰々しいかなと思いつつ。こちらは両手で頂くと、勘兵衛のお顔とそれとを見比べる。うんうんと頷かれるので、濃色の包装紙を解き、出て来た細身の箱の蓋をスライドさせると、

 「……………あ。/////////」

 純白の布張りの台座にちょこりと収まっていたのは、綺羅らかな鎖のついた水色のアクアマリンのペンダント。変わった留め具を使っていてか、穴も開けず、爪でも覆わずという不思議な格好、首に架ければ宙に浮いて見えるだろう提げ方が出来るという、そんな作りのペンダントであり。滴の形は涙を想起させるのでと、オーパルカットのそれ、七郎次本人の手入れをされた長い爪ほどもありそうなのを、選んで下さった御主であったらしくって。

 「今宵の装いには合わぬかの?」

 もう少し首元が空いている恰好のおりにでもと頬笑んだ勘兵衛へ、ううんとかぶりを振って、

 「チェーンが長いから、これへも合います。」

 ほらとトップのアクアマリンを、襟の合わせ目辺りへとあてがって見せたので。ならばと思ったか、立ち上がって来た勘兵衛が、細いチェーンを手にとって、どれと手づから掛けてやる。身を起こして出来たお隣りの空間へ腰掛けるまでもなく、少しほど身を屈めての、腕を延べ、愛らしい細おもての周りを取り巻くようにし、うなじのところで輪環を留めて、

  ほれ出来たと
  引かれていった勘兵衛の腕へ、
  誘
(いざな)われての入れ替わるように

  「…お。」

 しなやかな細い腕が、壮年殿の首元へふわりと伸びた。離れていくなと引き留めるようにか、それとも、大胆にも彼女の側から“抱き締めたいの”との意思表示なのか。

 「…これ、シチ。」

 離しなさいと囁いたものの、甘い香りのする優しい束縛は離れない。柔らかなワンピースの生地の下、どこまでが服地か、いやいや、もしかせずとも このやわらかな感触は彼女自身の腕のそれ。骨へとすぐにも達するほどの、そりゃあ頼りないほど細い腕は、だが、その可憐な束縛で大の男をあっさりと動けなくしており。

 「…勘兵衛様。」

 ちょっぴり照れも嵩じての、お顔を見せたくないからか。手を離さぬ恰好のまま、小さな小さな少女のお声が届く。

 「んん?」

 如何したかと穏やかな声で問えば、

 「…アタシは、七郎次という名前が大嫌いでした。」

 そんな意外な言いようが紡がれて。

 「どうしてこんな、男の名をつけられたのか。
  髪だって目の色だって日本人なのにこんなだったし…。」

 よくも離婚と運ばなんだと、子供の前でも明け透けに口にする人もいたほどで。でもまあそこは、相思相愛、間違いなんてあるはずも無しと信じ合ってた夫婦だったから、余計なお世話だったのだけれど。他には腐すところがないものだからと、そんな理不尽ないじめもどきから、女の子のグループにまで囃し立てられた経験も数知れずで。

 「苛められてもやり返すほど、
  気の強い子になったのも、この名のせい。
  いっそそうと解釈せねばやってられないと思ってたほどでした。」

 「……。」

 淡々と語られて、だが、何と応じればいいのやら。困ったように、それと同じほど、なんてまあ可愛らしいとの苦笑も込み上げつつ、勘兵衛が知らぬところにて過ごされた、彼女の子供時代を聞いておれば、

 「それが…ヘイさんやゴロさんや久蔵殿と再会出来て。
  勘兵衛様とも引き会わされて、自分が誰だったのかも思い出せて。」

 少しほど腕が緩んで、その代わり。視野に間近だった金の髪が離れる。その下から現れた青玻璃の双眸は、ほんのちょっぴり潤んでさえいて。

 「あのね、勘兵衛様。
  私、今はシチって呼ばれるのがとっても幸せなんです。
  勘兵衛様にまた“シチ”って呼んでもらえて、
  とってもとっても嬉しくて……。」

 ああ、涙の形のは選ばなんだのにな。青玻璃の双眸から、こらえも利かずにあふれだしたしずくが、すべらかな頬を伝い落ちたので。そおと手を添え、指の腹で拭ってやった勘兵衛としては。

  辛いときも哀しいときも、
  どんな苦衷の中にあっても。
  唇が切れてしまいそうなほど、
  歯を食いしばって耐えていた“彼”を見るよりまだマシと。

 愛しき少女の無垢な涙、落ち着いての収まるまでと、ずっとずっと拭い続けていてやったのだそうな。のちになって、なんて恥ずかしいことをしちゃったかと、それこそ笑い話に出来るまで、大丈夫だよ、君と一緒にいるからと……。






   〜Fine〜  11.01.24.〜01.28.


  *何か妙なお話ですいませんでしたね。
   途中でちょこっと、私事でバタバタしたので、
   尚のこと取り留めのないお話になってしまったなぁ…。
(猛省)

   勘兵衛様へと見合い話を持ってくる人だって、
   結構いると思うのですよ。
   とはいえ、何もこんな特別な晩でなくともと、
   思うより先に、勘兵衛様、
   さりげなくもクギを刺してしまわれたようで。
(笑)
   シチちゃん、落ち着いてやりとりを聞いてたら、
   それでもまた卒倒しかかったかもですね。

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